2006年 04月 07日 ( 1 )

ライフ・イン・ザ・シアターを観た

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役者として、黄昏時を向かえたベテラン俳優のロバートと
明けの明星のように輝く
若手俳優ジョンの2人芝居である。
2人の対照的な役者の日常を、劇場という媒体を通して
劇中劇を挟みながら、舞台裏のささいな出来事で綴っていく。
役者冥利に尽きる作品であると同時に
鏡に映すように、役者としての自分の姿が
見えてしまうこの芝居が、怖くて演じられない
と思う役者もいるだろう。

よく出来た脚本だが
日頃から、咀嚼されたドラマや映画を見慣れた人には
手ごわい芝居かもしれない。
殆ど長ゼリフはなく、特に、ジョンのセリフにはなんの重みもない。
藤原竜也の、華麗な長ゼリフや
爆発的なエネルギーを期待していった人にとっては
肩透かしに会った感が否めないかもしれない。

対極にある2人の役者は、お互いが持つ若さと老いとで
絶妙に、相手の輝きと衰退を、残酷なまでにあぶり出していく。
全ての感情は、セリフとセリフの間
行間の中に丁寧に織り込められている。
ジョンが一石を投じると、波紋が広がり
湖面に浮かぶロバートの小船を揺らす。
若く幼いジョンは、なぜ揺れるのかはわからないが
しだいに手加減するようになっていくのが見て取れる。
まさに、作用反作用の2人芝居を
市村正親と藤原竜也の、職人芸のような
珠玉の技で紡ぎだす。

芝居がはねた後の誰も居ないステージで
一人稽古をするジョン。
この時、劇中劇のセリフ以外
劇団員としてのジョンは、舞台袖にいるロバートとの掛け合いのみ。
ほとんどセリフらしいセリフを発しない。派手な動きもない。
長い、そしてわくわくする沈黙。
この沈黙にこそ、2人の感情がにじみ出て来るのだ。
舞台袖に隠れて見えないはずの
ロバートの小さく震える背中が、沈黙の中に見えてくる。

笑いは単なる芝居のエッセンスに過ぎない。
この芝居の最も重要なテーマは、舞台への敬愛である。
脚本家が、演出家が、すべてのスタッフが
そして、すべての役者が敬愛して止まない舞台への思いが
この芝居の中に凝縮されている。

鏡台、ドーラン、ブラシ、ティッシュ・・・
ロバートが、慈しむように
楽屋裏に散在する小道具を言葉にしていく。
まるで、シャボン玉を壊さぬように丁寧に
一つ一つ小道具たちの名前を呼ぶ。
何十年も、ドーランとホコリの匂いのする舞台袖で
暗闇の中、数え切れないほど
緞帳が上がる音を聞いてきた市村正親の
このセリフは重い。
同時に、自分が初めて降り立った劇場の舞台で
その3年後、取材を受けた藤原竜也を思い出す。
18歳の藤原少年は、「舞台の神様に怒られるから」
といって靴を脱ぎ、揃えてから裸足で舞台に上がった。
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by henrri | 2006-04-07 13:35 | 演劇